龍田・三室山桜の会
百人一首
千早振る 神代もきかず 龍田川 からくれないに 水くくるとは 在原業平
嵐し吹く 三室の山の 紅葉は 龍田の川の 錦なりけり 能因法師
万葉集
龍田山 見つつ超え来し 桜花 散りか過ぎなむ わが帰るとに 大伴家持
ワタ
海の底 沖つ白波 龍田山 いつか越えなむ 妹があたり見ゆ 長田 王
秋されば 雁飛び超ゆる 龍田山 立ちても居ても 君をしぞ念ふ 詠人不詳
百人一首や万葉集に詠われている通り、古代の龍田山・三室山は桜と黄葉の名所でもあった。ちなみに、当時は「水の吉野・桜の龍田・黄葉の三室」が定番とされていたようだ。
龍田・三室山桜の会
設立趣意書
大和朝廷の頃、万葉歌人の歌に詠まれ、又、百人一首でもよく知られた龍田・三室山の桜と黄葉について見てみますと、黄葉については現代でも秋になれば全山が黄葉して、古代の美観は眺望出来ます。
所が、桜はありません。桜の樹齢が千年も続く訳もなく、自然を守り、桜を守りする機関がなければ桜の名所も所詮は全滅の憂き目に会うのは当然です。
奈良に都が出来て、奈良から難波大阪へ出向く時、又、防人が西国へ旅立つ時には「龍田越え」と言って三室山中腹にあった龍田神社本宮に旅の安全を祈願し、家族との別れをした。龍田山には桜が咲き誇り、見送る人旅立つ人が離別を惜しんだ龍田越えの古道も、今は獣道同様に成り果てております。熊野古道に学習して龍田・三室山を昔の賑わいに近づける事は出来ないものか。一つの手段として龍田・三室山に桜を植える活動を提案致しました。口伝に輪が広がり、三月を待たずに165名のご賛同を得る快挙となりました。
当初は2、30人のメンバーで立ち上げる予定にしていたものです。百人も超えれば正式に公式に会則もつくり発起人会を持って活動を開始するのが本道かと思います。
下記の通り発起人も快くお引き受け頂き、会長・役員も決まりました。
設立趣意書にご理解頂き何卒ご指導・ご支援・そしてご入会頂きます様心よりお願い申しあげます。
平成17年10月3日 合掌
龍田・三室山桜の会
会 長 安 宅 博
事務局長 益 田 宗 児
TEL・FAX 0745-72-6883
設立発起人一同
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